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(2)赤ちゃん友だちゆきちゃん

(2)赤ちゃん友だちゆきちゃん




センターママは、小さい時の名前をアンジェと言いました。
いや、今も名前は変わりませんが、男の子二人のままなので
だれも、アンジェちゃん!なんて呼びませんがね。




アンジェの家は、阿東さんの屋敷の離れ座敷です。

東京オリンピックの頃は、この田舎の町、田原には
まだ、アパートなどと言うものはありませんでした。


アンジェの母は、学校を卒業して、この町に就職したのでした。
新しい職場は、保育園の保母さんです。
役場の人が住む場所として、お世話をしてくれたのが
この阿東さんの家だたわけです。





保育園は、役場と小学校の間に建っていて、園児が遊ぶときは
小学校の校庭を使いました。

幸いなことに小学生の子どもたちは
小さい子どもの面倒を見てくれるので
園庭が無くても余り不便は感じていなかたようです。




働くお母さんが増え始めた頃だたので
アンジェの母は、朝早く出勤していきました。


アンジェは、大家さんのお母さんと朝ごはんのミルクを飲み
お散歩に出かけ、大きな桜の木のしたで
すずめが走り回るのを見ていました。



道を挟んで向かい側では
「何でも屋さん」がお店を開いていました。

あまり忙しくなさそうな「何でも屋」のおばさんも
女の子を一人預かっていてアンジェは、その子と遊ぶのが好きでした。


「ほうーら、アンジェ!ゆきちゃんがきたよ!」
阿東さんが頬ずりをしながら、アンジェをゆきちゃんの顔に近づけると
ゆきちゃんは、「きゃ、きゃきゃ」と、声を出して笑うのです。


それを見てアンジェは喜んで
「あぶっ、ぶっ、ぱあっ」
と、わけの分からない声を発して喜びます。

そんな事で、ゆきちゃんとアンジェはお友達になりました。



大家さんの阿東さんをアンジェは「母ちゃん」と呼びました。





ヤングとリオンくんのママの名前は「アンジェ」
東京オリンピックの年の春に生まれました。


そのころは、何処も貧しく慎ましい生活をしていました。
父と母は、共働きで、朝早くから、忙しい一日の生活が始まるのでした。

赤ん坊のわたしは、「可哀想!」と言う
父の一言でその生活リズムから、はずされました。

母の言い分もそうでした。

「わたしたちの都合で子どもを早朝から、
たたき起こす生活を押し付けるわけには行かない」
と言うことで、両親は、わたしが寝ている間に
出かけていきました。


大家さんのかあちゃんがそのあとの世話を受け持ってくれました。
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